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「メディア」はFacebookから何を学ぶのか?——“リレーションシップ・ビジネス”へのシフト

大胆な問い

「われわれ“メディア業界”人は、実はコンテンツ業界の中にいないのだとしたらどうする?」

こう鋭く私たちに問うのはJeff Jarvis氏。最近も『パブリック―開かれたネットの価値を最大化せよ』が話題を呼ぶなど、気鋭の評論家、メディア・ジャーナリストです。そのJarvis氏が、私たちメディア業界人に向け厳しく、そして、大胆な提言を行っています。
拙訳を交えつつ提言の骨子を追ってみることにしましょう。

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Jeff Jarvis氏(TheGurdianより

今回ご紹介する記事は、UK版 TheGuardian に掲載されたエッセイ「What the media can learn from Facebook (Facebookからメディアが学べること)」です。
氏はTheGuardianの常連寄稿者なのです。

リレーションシップ・ビジネス

われわれ“メディア業界”人は、実は“コンテンツ業界”にいないのだとしたらどうする?

むろん、われわれはコンテンツを生み続けている。
だが、われわれが生み出す最大の価値は、実はそのコンテンツ自体にではなく、コンテンツが生み出すものの方にある。
それは、人々が関心を持つトピックやトレンド、その分野の達人などに関する情報だ。
それこそがFacebook、Google、Twitterらがコンテンツに見ているもの。コンテンツは“関わり合い(=リレーションシップ)についての信号機”なのだ。
彼らソーシャルメディアは、この信号を読み取っては人々にぴったりのコンテンツやサービス、広告を提供する。このようにして価値を精製しているわけだ。

彼らはコンテンツ業界にいない。リレーションシップ業界にいる。ならば、われわれもそうあるべきではないのか?

いきなり冒頭から痛烈なパンチです。念のために整理すれば、FacebookやTwitter、Googleらは、コンテンツ自体の価値(意義)を問題にするのではなく、コンテンツへの関心や、コンテンツを紹介し合う人間関係に目を向け、それにより個々の人間へとアプローチする手法を体現していると理解します。
これを、“メディア業界”人はまず理解せよ、というわけです。

氏はこんな痛烈なエピソードを述べます。

あるとき、米TVニュースの幹部が私にこう不満を漏らした。
「FacebookやGoogleは、(彼のコトバを借りれば--)メディアが生み出す鉄を使ってクルマを製造しているんだ」。「マーク・ザッカーバーグはコンテンツの価値を軽んじている」と。

それは違う。
ザッカーバーグ氏はわれわれ以上に、コンテンツに価値を見出している。
メディア業界人は、自分たちがコンテンツを作り続けているが故に、コンテンツには希少価値があり、自分たちがそれをコントロールできると思い込む。
他方、FacebookやGoogleは、コンテンツというものは、役に立たちそうもないもの、おしゃべり、そしてリンク等々、人々が際限なく生み出すものと見なした上で、そこから価値や利用用途を精製できることを知っているのだ。

氏によれば、メディアの依って立つのは、サービスのように一人ひとりに奉仕するような営みではなく、工場のラインのように大量生産という仕組み、言い換えればマス向け事業でした。そのため、読者一人ひとりを識別したり、その好みに合わせるような行為が苦手なのだと指摘します。
しかし、そのようなマス向け・マス製造の価値観や事業モデルを根本から見直すべき時だとします。
それは、「自分たちの価値はどこにあるのか」「われわれは何を提供すべきか」「どんな問題を解かねばならないのか」「われわれはいったい何の事業に携わっていて、どうやって事業を継続していけるのか」といった問いです。

プラットフォームとしてのメディア

この問いに対して、私はメディアを“プラットフォーム”と見なすことから始めるべきだと示唆しよう。
何かのテーマを知ろうとし、それに対しわれわれが応えることができるようなコミュニティ。そのためにあるプラットフォームである。
そして、コミュニティのメンバーが関心や知識を広く伝達・共有できるようにツールを提供する。Twitter、Facebook、ブログ、YouTube、Flickr、そしてTumblrがすでにある。

それらツールを膨大な流量の情報が通過する。われわれはこの大量な情報にいかにして付加価値を与えるかを学んでいるところだ。話題の選別、権威付け、品質、事実確認、文脈付与、整理……等々。

筆者(藤村)の理解では、メディア業界にあるわれわれは、“コミュニティ”や“場”、そしてそこに集まる人々にもっと目を向けるべきだというのが、Jarvis氏の立論の中心です。
そこに集まっては流れ出ていく情報に価値を付け加えること。その点で、メディア業界人、ジャーナリストは優位な点を数多く有しているとも指摘します。氏はその行きつくところ、(メディア人は)「クリエーター」より「実現をサポートする者(イネーブラー)」になるべきだとの大胆な指摘もしているのです。
これこそが、“リレーションシップ・ビジネス”の基本となるはずです。

では、リレーションシップ・ビジネスで生きていけるのでしょうか?

リアルな問いが生じる。何がビジネスモデルの問題か? 売上は? 利益は?
答えは、旧来の収入モデルを複製することからではなく、新たな効率性を見出すことから始まると信じる。

製造することは高くつく。共有(シェア)は安上がりであり、かつスケールする。
Facebookはもうすぐ10億人にも達するユーザーを、大きな新聞社程度のスタッフでサポートすることができるのだ。

氏の大胆な提言のおおよそは紹介できたと思います。結論部分の、「クリエーター」より「イネーブラー」、「製造」モデルから「シェア」モデルへのシフトは、従来のメディアおよびメディア人の定義を覆すものかもしれません。そのために気分を害される“業界人”もいることでしょう。
しかし、同じ源泉からまったく別の価値を生み出す者たちがいることを、いまは謙虚に学ぶべき時なのです。
(藤村)

デジタルメディア、新たな時代を拓くエヴァンジェリストの資質とは?

今回は、視点を一転させて、いま・これからのデジタルメディアを担いで運営していく人材像について、筆者が日ごろ考えているところを述べてみようと思います。
というのも、最近、アマゾン日本法人がいよいよ国内で電子書籍ビジネスを推進すべく、「電子書籍エヴァンジェリスト」の採用活動を始めたことが念頭にあるからです。
募集要項には、電子書籍ビジネスをリードする人材について同社がどう考えているかの一端が示されています。

  • 出版、または出版に近いメディア業界での5年以上の経験
  • コンテンツ開発・出版交渉、ビジネス開発での実績、またもしくはライセンスビジネスマネジメントでの長い経験
  • 書籍好きで出版業界と電子出版、電子機器や技術についての知識が豊富なこと
  • 業務時間のうち25%くらい出張可能なこと
  • 優れたコミュニケーション能力、戦略的・分析的能力
  • 新しいメディア業界と最先端技術への情熱
  • 変化の速い環境でスピーディーに仕事を進める力

「エヴァンジェリスト」とは伝道師です。事業においては突破口であり推進役のことでしょう。まだ平坦でない道のりを進む事業を先導する象徴的な存在として、その役割が期待されます。

要項には「氷山モデル」(下図参照)で言うところの“コンピテンシー”に近い項目が、ストレートかつシンプルに挙げられていて、ある種の感慨を持ちました。

icebergヘイ・コンサルティンググループ編「正しいコンピテンシーの使い方」PHP研究所より作成 (@IT情報マネジメント より引用・転載

電子書籍をめぐっての事業は、従来の出版、メディア事業において求められてきた知識や圧倒的な経験に加えて、最新のIT、特にネットワーク技術への理解、インターネットで起きる最新のトレンド理解などが、能力としてうまく統合されてはじめて推進できるものでしょう。

いったんパターンができ上がってくれば、あれやこれやと悩むこともなくビジネスは流れ始めることでしょう。
しかし、いまはその手前のところにあり、まだまだ流れを見定めることが難しい段階です。勢いエヴァンジェリストには定型化されていない各種応用問題へ果敢に取り組むことが求められます。

“感慨”と述べたのは、アマゾンが求める人材、そして私が上記した要素を満たす人材が、従来のメディア、出版社から自然発生的に誕生するのかどうかという点で懸念を感じるからです。
同時に、いったんデジタルメディアの側へと河を渡った“経験者”であっても、この数年、求められる能力に地殻変動が生じスキルの見直しを迫られていると付け加えておきます。

そこで、自らの経験を頼りに思いつくままに(言うなれば乱暴に)、いま・これからのメディアのリーダーに求められる共通スキルとコンピテンシーを書き出してみることにします。
もちろん、メディア(出版)も多種多様、業務も実際にはさまざまな職種に分かれており一意でないことは当然と意識しつつの試みです。
名づけるなら、「スマート・メディア時代のメディア人とは」です。

知識・技術(スキル)に類するもの(職種によりすべてが必要なわけではない)

  • TCP/IPを含むネットワーク技術の基礎知識
  • HTML、CSS、JavaScript、XMLなどデジタルコンテンツとプログラム言語に関する基礎知識およびコーディング経験、もしくは利用経験
  • インターネット広告をめぐる技術および販売実務に関する基礎知識と経験
  • フォントや組版など、雑誌・書籍のデザインフォーマットに関する基礎知識
  • SEO(検索エンジン最適化)の基礎知識と実務経験
  • 各種ソーシャルメディア(ブログ一般、およびTwitter、Facebook)への基礎知識と利用経験
  • 専門(得意)分野における勉強会、会合、メーリングリストなどへの一定の参加経験、あるいは運営経験……

コンピテンシーに類するもの(各職種にほぼ共通)

  • 書籍や雑誌、Web・スマートフォンのコンテンツに大好きな分野を複数持つ
  • 日常的なIT(PCやスマートフォン等)の利用に不自由はなく、さらに言えば、それが好きである
  • IT(市場、製品、技術)に関する話題に人並み以上の興味を感じる
  • 優れたコミュニケーション能力、戦略的・分析的能力を有する
  • データ分析や抽象的思考に拒否反応がない
  • 新しいメディア業界と最先端技術への情熱を有する
  • 企画を立案し、発表することが大好き
  • トレンド・市場の変化を楽しめる
  • 社内外との協業を楽しく感じる
  • 自ら手を動かして作ってみることが好き……

書きながら、実は自分に不足している要素がいくつもあるのに愕然としてもいます。
しかし、自分の年齢であってもそれを克服して先へと向かいたいという欲求もわき上がってきます。
それは、いまが大きな変化への転換期にあり、業界で長い経験を有する先達と肩を並べ、あるいは一気に抜き去るチャンスの時でもあるからです。
ある意味でこのような向こう見ずな情熱こそが、成功が約束されているとは言えない新大陸を目指す際の、必要不可欠な要素かもしれません。
(藤村)

迫るモバイル化の波、なぜメディア企業は過ちを犯すのか?——4つのポイントを考える

つい最近、昨2011年にスマートフォンの出荷台数がPCのそれを上回ったことが明らかになりました(「成長著しいスマートフォン、出荷台数でPC上回る」など参照)。
米国の大物アナリストが「2012年末までには、スマートフォンの出荷台数がPCの出荷台数を上回る」と予測してからたったの2年弱。予測を1年も前倒しする急ピッチで市場は動いています。
Webがメディア産業を大きく変えてしまった経験もあって、メディア企業(出版社、新聞社、放送局等)はスマートデバイス(スマートフォンやタブレットなどモバイル機器)への取り組みを始めているところですが、どうやらそれを急がなければならない気配です。Webをどうするか……から、モバイルをどうするかへと課題が大きく旋回しているのです。
そこで、押っ取り刀で取り組むメディア企業の中には、このメディアのモバイル対応、タブレット対応をめぐって錯誤も犯している、というのが今回の話題です。
題材は米国のテック系ブログメディア TechCrunch。最近「Four Mistakes Publishers Make When Bringing Content to Tablets」(コンテンツをタブレット化する時、出版社が犯す4つの過ち)という記事が掲載されました。邦訳が残念ながら出ないようなので、参考のために要旨をかいつまんでみたいと思います。
http://techcrunch.com/2012/02/11/four-mistakes-publishers-make-when-bringing-content-to-tablets/
ちなみに同記事の寄稿執筆者は、CNN.comや同モバイルサイトの開設に携わった起業家で、現在はタブレット版のニュースリーダーアプリ(ニュース記事閲覧ソフトウェア)を開発するベンチャーのCEOということです。
多くの読者が、タブレットやスマートフォンに向かおうとする時。これら新しい閲覧デバイスが出版業界の今後の成功と失敗を決定づけることに、疑問の余地はない。
成功するメディア企業なら、持てるデジタルコンテンツを新しいデバイスの上で再び活かすことができるだろう。
それなのに、どうして他の多くのメディア企業はモバイル化戦略に躓いてしまうのだろうか?
多種多様なモバイルプラットフォームを追いかけすぎたり、優れたメディア体験の創造に失敗したり……。
我々は、繰り返してはならない多くの失敗を目撃してきた。
記事はこのような書き出しで、以下に4つの“過ち”のタイプを紹介しています。

1. “車輪の再発明”を試みては失敗する

多くの出版社は、自社内資源を過信するという誤りを犯しがちだ。優秀な社内技術スタッフを擁していることで、自分たちのコンテンツに対し自分たちだけが最適プラットフォームやユーザー体験を創造できると思いこむワナに陥る。
それは誤りなのだ。
パートナーシップこそ、新しい世界にあって読者基盤を(改めて)築き上げる重要な手法だ。そのような開発能力を有した(社外の)チームに焦点を当てるべきである……。

2.(音楽の)DJのように振る舞えない

ラジオを聴いたり、クラブに出向いて素敵な音楽に出会えたとしよう。それは素敵な音楽を紹介してくれたDJや自分のために楽曲を探し当ててくれた仕組みのおかげだ。
我々は素敵な音楽に出会い、そしてそれをまた人に紹介したいと思っている。音楽の世界で起きていることが、ニュースなどのコンテンツの世界でも起きようとしている。
キュレーションやソーシャルなメディアで、自分が出会うべきコンテンツを探し出す仕組みが生まれているのだ。
残念なことに、コンテンツやメディアと読者が出会う機会を設けるのを放棄しているメディア企業は多い。
過去において、たとえば新聞社は宅配のように、自らのコンテンツを限られた購読者のもとにだけ届けることに専念し、出会いや共有が生まれてくること制約をしてきたのだ……。

3. ブランドが持っている潜在能力を活用しない

多くのメディア企業は、多数の(メディア)ブランドを創造し運営している。たくさんのコンテンツを日夜生み出しているにもかかわらず、そのさらなる活用には積極的でない。
これら価値あるブランド力を活かし、コンテンツを組み合わせマッシュアップしながら、より垂直でニッチなメディアを創造すべき機は熟している。
アグリゲーション(コンテンツの収集)によってメディアを再創造すべき時なのだ。これにかかるコストは限定的で、得られる対価は大きい。
より深いテーマに焦点を当て、新たな配信などに取り組むことが、既存の収入源などとの共食いをせずに実現する道である……。

4. もはや旧くなった検索対策を行う

従来、自社のコンテンツを見いだしてもらう主要な手法は、検索エンジン対策(SEO)だった。
タグ付けなどオーソドックスな対策を施すことで、検索エンジンに見いだしてもらうのが効果の高い施策だった。
しかし、それは幅広くフリーなアクセスを許し広告収入を生むWebメディアにおけるスタイルだった。
いま、モバイル上のニュースリーダーアプリでは、異なるモデルが必要になっている。
アプリ通してニュースを読む読者は、ニュースを読み進む流れの中にあって、関連する記事と出会い、そしてそれを再び投稿したり共有することを通じて、再びメディアへのリンクを生み出す。
記事と記事の関連性、読者の背景にある文脈への理解しての記事の推奨などが新たに必要になってくるのである……。

以上、駆け足で紹介してきました。急速に台頭するスマートデバイスの世界では、同じ“デジタル”分野のメディアでありながらも、かつてのWebに対し、影響力を築き上げるための文法や作法が異なることが伝わってきます。

同記事の寄稿者がニュースリーダーアプリ開発を行っている新興企業のトップであることを割り引いたとしても、自社資源への過信に陥らず、キューレション/アグリゲーション時代、検索エンジン対策全盛からの転換を果たすべきだと、自戒を込めて読みましたが、いかがでしょう?(藤村)

各デバイスの特性からスタートするメディア開発のポイント

本稿では、至極シンプルなテーマを考えてみたいと思います。
それは、メディアの表現形式を根本的に制約するかもしれない「デバイス」の特性についてです。

経験的な認識ですが、メディアビジネスに携わる多くの人々が、「メディアの本質はコンテンツ。コンテンツの価値は形式に左右されない普遍性がある」と信じ込んでいます。
今回は、ことの原理、本質の側に深入りせずに論を運びたいと思いますが、メディアの本質に、その表現形式は分かちがたく関与していると筆者は認識しています。
前回述べた(「コンテンツの戦略的再利用」)ように、“Write Once, Read Many”、すなわち1回書いた(制作した)コンテンツを多様に使いこなすべきという私のテーゼも、表現形式の特性上の差異というハードルを簡単には越えられない側面もありるのです。

それはさておき、今回題材として紹介したいのは、米国の「全米雑誌協会」と呼ぶべき業界団体 The Association of Magazine Media による充実した調査レポート「Personal Mobile Devices: Tablets, E-Readers and Smartphones-Implications for Publishers and Advertisers.」(「パーソナルモバイル機器:タブレット、eリーダー、そしてスマートフォンによる出版社・広告主への影響」)です。
30ページを超える詳細な文書で、PDFでダウンロードできます。大変に充実した資料です。英文ではありますが一読をお勧めします。

PersonalMobileDevices

Personal Mobile Devices: Tablets, E-Readers and Smartphones-Implications for Publishers and Advertisers

同資料は、タイトルにもあるように、従来の印刷雑誌に対して、PC、そして「パーソナルなモバイル機器」などそれぞれの特性を比較しつつ、会員出版社(メディア企業)らにデジタル分野、特に「パーソナルなモバイル機器」へのメディア開発の取り組みを促すものです。

この資料中に、これらデバイス(機器)の特性を整理した情報があります。シンプルですがポイントを押さえたものです。以下に和訳して引用しておきます。

印刷雑誌と比較した際の、各種デバイスの特性

Devices

注:アスタリスクは、Nook Color

先に、いくつか注釈をしておきます。
「eリーダー」とはAmazon Kindleに代表される書籍/雑誌閲覧専用デバイスを指します。「インタラクティブ性」「マルチメディア」に「有*」とあるのは、資料は注釈で「Nook Color」が該当するとしています。
しかし、調査の後に発売された「Amazon Kindle Fire」もここに加えるべきでしょう。典型的なeリーダーとタブレットデバイスとの溝を埋める種類の製品がいまや誕生しているのです。

「ロケーション検知」は、デバイスの所在場所が何らかやり取りできる、さらに言えば、所在によって発信する情報の選別などが可能となるなどを含意しています。
言うまでもなく、この機能があれば店舗や観光地などの情報に付加価値を加えられます。
「印刷雑誌」の特性が、この点で「低」とあるのは、雑誌(や新聞など)は、その販売地域によって掲載内容にある程度の差異を付けることができるからでしょう。

上記表に掲げられた各々の特性は、こうシンプルに整理すると目新しい発見などないようにも見えます。
しかし、よく考えれば、このように各種デバイスを横断的に比較する自体とても意義のあることだと分かります。

メディア企業は、自社手持ちのコンテンツやメディアの特性や方向性と、これら各デバイスの持つ特性を組み合わせることで、強いメディアの方向性を企画しやすくなります。
さらに言えば、上述したようにコンテンツの使い回しをするという方向であっても、それぞれのデバイス特性に合わせた“味付け”を施すことで、読者(ユーザー)体験の拡張が可能だと思います。
たとえば、レストランガイド(外食レビュー)メディアを考えた際、スマートフォン版メディアでは印刷雑誌に掲載されたコンテンツにロケーション機能を加わえることで、印刷雑誌では得られなかった利便性という体験を得られることは言うまでもないでしょう。

最後に、粗雑ですが、筆者が念頭に置いているそれぞれのデバイス特性にフィットしたメディアの方向性について整理しておきたいと思います。

  • PC/ノートPC……CPUパワーと比較的広い画面、積極的な操作が可能な特性で、検索などをしながらの情報閲覧、動画などを交えた総合ニュース的展開
  • タブレット……家庭でくつろぎながら、印刷雑誌よりリッチで動的な情報メディアの展開、また、少人数間での商談などに用いる動的なビジュアルカタログへの展開
  • eリーダー……すでにある印刷書籍、印刷雑誌を何冊も手軽に持ち歩き読ませる展開、電子化に付加価値を追求せずPDFに親和性のある出版の展開
  • スマートフォン……モバイル性を駆使して、ストレートな情報を許された時間に合わせて次々閲読するようなニュースメディア、地理情報との組み合わせで価値を生むようなガイドブックなどの展開

それぞれのデバイスの特性に即してメディアを開発するという視点は、まだ始まったばかりです。上の例はまだまだ的を射貫いていない気がします。
今後は、力のあるメディア企業は、これらのデバイス“すべて”を対象に適切なメディアを開発していくことになるでしょう。
また、中堅中小のメディア企業では、思い切って特定のデバイスに集中、その上でのメディア開発に経験やノウハウを積みニッチの強みに走ることになるはずです。

いずれの方向性を採用するにせよ、コンテンツを盛る形式であるメディア、デバイスの特性に無自覚ではおれない時代が始まっています。
そのようなノウハウも、引き続き本ブログで紹介していきたいと願っています。(藤村)

※2012.02.14 細かい文言を訂正しました。

コンテンツの戦略的再利用——デジタルメディアの死活問題?を考える

本稿では、デジタルメディアの特性をどのように活かすのか、というテーマに触れたいと思います。

デジタルメディアでは、いったん製作されたコンテンツは、複製や転用その他多様な活用が容易です。
これが最大、といってよいほどの大きな特徴です(「メディアのデジタル化が開く根本的な変化」でも触れました)。
言い換えれば、コンテンツは再利用しなければソンなのです。
この点、デジタルメディアの経営を通じてインプットされていたはずですが、下記の記事を読むまで問題意識を希薄化させていたことを正直に述べておきます。

その記事とは、AdverTimes 掲載の片岡英彦氏「ジャニーズ事務所と吉本興業の『二次使用』について戦略広報の視点で考える」です。
同記事は、広報(PR)と広告を橋渡しして効果的なプロモーションを行うことをテーマにしていますが、私たちのようにデジタルメディア推進をテーマに掲げる人間にも示唆に富むものです。一読されるべきでしょう。

コンテンツ二次利用〜アドタイ

ジャニーズ事務所と吉本興業の「二次使用」について戦略広報の視点で考える

「二次使用」の戦略性

コンテンツには、何度でも稼いでもらう
あるいは、何度でも稼いでもらうことを意識したコンテンツづくり、そのための業務スキームや技術インフラづくりが、デジタルメディア開発や運営にとって重要です。
それが、「コンテンツの戦略的な二次利用(再利用)」です。

筆者が想定するコンテンツ再利用のケースを整理してみましょう。

  1. 自社メディア用に執筆・制作し掲載したコンテンツを、他のメディア企業や事業会社の書籍、雑誌、パンフレット等印刷メディア用途にライセンスする
  2. 自社メディア用に執筆・制作し掲載したコンテンツを、他社サイトへの掲載用途にライセンスする
  3. 自社メディア用に執筆・制作し掲載したコンテンツを、改めて自社の特定テーマサイトなどへと転用する
  4. 自社メディア用に執筆・制作し掲載したコンテンツの一部または全文を、自社のメールマガジンなどへと転用する
  5. 自社メディア用に執筆・制作し掲載したコンテンツを、自社のスマートフォン、タブレット用アプリ、電子書籍などのコンテンツへと転用する……

1.および2.の他社へのライセンスでは、対価を金銭、もしくは金銭相当のものとして回収します。これは純然たるコンテンツ商品の販売事業です。したがって、“戦略的”もなにもなく、ライセンシー(候補)に対して、積極的に営業できる仕組みや体制が必要になります。
他方、3.以降は自社内用途に向けた複製、再利用ですので、基本的にはデジタルメディアの特性を最大限に活かしつつチエを絞っていくべきです。
筆者(藤村)は、1.および2.の営業活動に傾注するより、実は3.〜の取り組みのほうが戦略的重要性が高いと考えています。

理由は、こうです。

  • コンテンツのライセンス販売は低価格化している。さらには、“無料”(代わりに、トラフィックを戻すからとのバーター型取引)というケースが圧倒的になってきている
  • であれば、自社サイトへの“トラフィックバック”に主眼を置き、それに効果的なライセンシーらへ働きかけるべき
  • 社内での再利用であれば、“商品”を極小コストで生産できる可能性があるのでより積極的であるべき

このような取り組みには、大きくは二つの方向で課題が待ちかまえています。

再利用を前提としたシステムづくり

ひとつは、再利用性の高いフォーマットでコンテンツを維持すること、そして、できれば各種条件でコンテンツを取り出せるようにデータベースに格納するなどです。
そのための合理的な解決策は、CMSを中心に据えたシステム再構築というのが従来からの常道でした。
コンテンツ執筆・制作〜(Webへの)掲載〜(修正や再利用のための)格納管理と、首尾一貫したフロー、データとテンプレートを分離して管理するなど、システム構築を通じて実現するのは大仕事です。さらには、社内外のライセンシーに向けどのようにコンテンツを受け渡しするかなど、それぞれ違いがあれば、そのつどシステム改修が必要になったりもします。
この周辺は、事業会社向けに設計されたパッケージや絵に描いたようなプロプラエタリシステムが闊歩する世界ですが、最近ではそのような大がかりなシステム(再)構築ではなく、検索技術やデータフォーマットの変換などを組み合わせたりと、気の利いたポイントソリューションでコンテンツ再利用を柔軟に促進するアプローチも見えてきました。

著作権等、権利関係上の対処

もう一つの課題は、コンテンツをめぐる権利関係への対処です。再利用のニーズはあるものの、これがネックで利用に及ばないというケースが多くあります。
映画・TV番組などと異なり、テキスト中心のコンテンツを扱うようなケースは、利害関係者は多くなく、権利関係の調整は比較的ラクなはずですが、それでもタイムリーな活用をしようとすれば、毎度迅速な利用許諾を得る事務手続きは重荷です。
そこで、執筆者との執筆契約(もしくは初回執筆時に交わす包括契約)に、このような再利用のケースを念頭に置いた内容を取り交わすことが肝要です。さらにいえば、平時に常連執筆者との間で包括契約を順次リニューアルしていくなどの計画性が求められます。
忘れてはいけないのが、文章(テキスト)の筆者だけでなく、写真(家)なども権利に関する利害関係者であることです。 ファッション系メディアなどでは、写真として扱われるタレントやモデルらの肖像権なども、任意の再利用が利きにくい契約であることが多いと聞きます。これらを順次計画的に契約書面や報酬制度などとして改訂していくことがデジタル主流のメディアビジネスにとり喫緊の課題になってきています。

社内のインセンティブや考課制度としても検討する

以上で終わりかというと、実はそうではないのです。
上記した3.〜5.の社内利用用途なら、利用は容易かと言えば、そこにはハードルが残されます。
それは、社内他部門で制作されたコンテンツを自由に扱えるようにするには、社内取引上の制度整備が求められます。
厳密に言えば、売上の分配か原価の配賦が求められるかもしれません。
あるいは、“自分が精魂込めて仕上げた記事を横取りされて……”と快くない心持ちが生じるかもしれません。部門間でそれを取引として解消するように地ならしすべきケースもあるでしょうが、たとえば、他部門のスタッフが作ったコンテンツでビジネスした場合、オリジナルに携わったスタッフにお礼を言う“ルール”を設けた(言い換えれば、金銭評価はしないことにした)米国のメディア企業の例を聞いたことがあります。
社内で複雑精緻な取引ルールやシステムを作り込むのも、内向きすぎるかもしれません。上記のようなスタッフ間でリスペクトし合う習慣なども、コンテンツの戦略的な再利用に欠かせない整備なのではないでしょうか?

いずれにしても、どのような再利用が、再度のリターン(稼ぎ)を生むのか積極的なチエの使い方が重要です。
筆者としては、スマートデバイス上にWebとは異なるユーザー体験を創造する方向で、再利用の付加価値を高める可能性を強く意識しています。(藤村)

読書体験を拡張する——ごく私的な試論として

少し前、「読書体験の拡張は可能か?」で「書物をめぐって読者の欲求と行動は、読書体験を核にその前後へと長く伸びようとしている時代です」と述べました。
それは具体的なイメージが念頭にあってのことでした。
本稿では、そのイメージを中心に今後のメディアにおける体験拡張の可能性を探ってみたいと思います。

さて、最初に狭義と広義、ふたつの体験について整理しておきます。
“狭義の読書体験”は、雑誌や書籍を開き、そこに印刷されてある、テキスト(文章)やグラフィックス(絵や写真等)を読み、各種の想念を生じることと定義します。
想念は、実利に結びつく行動を導くこともあれば、持続性のある感慨、感激といった情調的なものであるでしょう。
では、“広義の読書体験”はどのように想定すればよいでしょうか?
筆者としては、「書物をめぐって読者の欲求と行動は、読書体験を核にその前後へと長く伸び」る部分と定義したいと思います。
列挙してみましょう。

発見し、期待を募らせる

  • 新刊書の広告(中吊り)を見る
  • 書評で、新刊書の内容に触れる
  • 知人から未知の書籍や記事について紹介される、推奨される
  • 読んだ本、記事から引用元の文献に興味を持つ
  • 知りたい知識を検索し関連情報に出会う
  • 書店の平台で書物/雑誌と出会う……

読書体験を強化する

  • 書籍や雑誌を読みながら、(マーカーなどで)マークを付ける、付箋を付す
  • 同上、感想などを書き込む
  • 感銘を受けた箇所などを書き出す
  • 感銘を受けた箇所などに関連する文献を調べる(読書対象の拡大)……

読書体験を反復、拡張する

  • 蔵書・読書履歴を記録する
  • 書き込みやマーク部分、書き出したメモを見直し、感銘を追体験、強化する
  • 書き出したメモを基にまとまった感想を考える、表現する、伝える
  • 感銘を他人に伝える、推奨する……

これを簡単に図示すれば以下のようになります。

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“広義の読書体験”をフローとしてみる

気づくことは、“広義の読書体験”は昨今の消費一般の過程と大きな差異がないことです。
つまり、商品の消費(購入して実際に利用する)を中心に置き、その前後に消費活動の広がりを対置すれば、ちょうど読書体験の時間的拡張に相似するフローが描かれているのです。また、これも既知のことですが、この体験は1回限りで完結することはなく、記録・共有を経て体験が強化され、そして、次の体験の起点へとループ(円環)していきます。

かつて筆者(藤村)自身も、読書体験は非常に個人的で、他者に向かって閉じられた営為と考えてきました。
もちろん、今も思惟を深めるという側面で変化があるわけではありません。しかし、その個人的な志向の色濃い体験も、種々の支援機能の強化や、さらには同好の士らとの共有によって、さらに強化(深化)される可能性を意識しています。
いまや多くの人々が認めるように、一般消費財の消費体験が他者と共有されることにより、より良いモノがより多く消費されるというループがあり得るのと同様、適切な体験の強化、拡張によって、商品としての書物が多く購買される可能性もあるのです。体験の深まりと販売の活性化を併せて望むことができるはずです。

そろそろ結論に近づきました。このように考えられる“読書体験の拡張”ですが、リアリティはどうでしょうか? 可能性を感じさせる取り組みやサービスを見聞きするようにはなったものの、実は総合的な構想を持ったプレーヤーの登場には未だたどり着いていないといえます。
筆者(藤村)が、可能性の片鱗を感じるサービス群を列挙しておきましょう。

Amazon……記録、推奨、検索、購入
Booklog……蔵書管理、紹介・書評・推奨、感銘を共有
Inbook……蔵書管理、紹介
MediaMarker……蔵書管理、(紹介、推奨)
みんなのしおり.jp…… 『スティーブ・ジョブズ』の記録、推奨、感銘を共有
SkyBook……読書、推奨、感銘を共有、(蔵書管理)
ツイパブ(β)……読書、(紹介・推奨)
*上記( )書部分は機能の片鱗はあるが十分ではない

最後の2つ、SkyBookはスマートフォン用青空文庫リーダーですが、作品を引用してツィート(共有)できます。ツイパブ(β)はやはりスマートフォン用ePUBリーダーで、SkyBook同様の共有機能を有します。
これらWebサービスやアプリケーションを紹介しながら感じるのは、いずれもが印刷(アナログ)とデジタルの読書体験を横断的にとらえる発想が希薄であること。また、“狭義の読書体験”部分については、SkyBookやツイパブ(β)がリーダー機能を提供するもののその点での深まりは不十分です。また、特徴的なのはプロモーションサイトの位置づけである「みんなのしおり.jp」を除き書肆が積極的に読書体験の強化に乗り出す兆しが見えません。くり返しになりますが、「総合的な構想を持ったプレーヤーの登場には未だたどり着いていない」と言うべきです。名乗りを上げておかしくない最短距離にはAmazonが存在しているのですが。

読書体験はいまだに、そしてこれからも個人的営為である側面が強いと思います。それが故に、大きなリアルの場へと結びつけるより、偏在する読者個々人と的確につながっていけるデジタルな仕組みに未来への可能性を抱かせます。と同時に、書籍を電子化すればそれで進展するものでもない難しさを併せ持っているのですが。(藤村)

※2012年2月7日、一部文言の修正を行いました。

“起業家的ジャーナリズム”の光と影——デジタルメディアが直面するチャレンジ

Webメディアを成功に導く方程式のひとつに、「制作費を究極まで下げる」があることに間違いはありません。
これは、先日ポストした「“最強ニュースサイト”実現の方程式」を通して整理したことです。そのためにシステム化や、外部の(寄稿)スタッフ活用などがポイントになることも併せて紹介しました。取り上げた記事では、過激にも「6000人の無給のブロガー」を組織といった施策まで飛び出したのでした。

また、一方でメディア事業者が、ライターらに金銭的インセンティブ以外の支援も与えつつ、自らの圏域にエコシステムを築き上げる方向が顕在化していること動向についても、「イーブンパートナーへと変化する筆者とメディア事業者」や「メディアビジネスにおける新しい“エコシステム”を考える」で紹介してきたところです。

今回ご紹介するのは、そのようなコストダウン要請と外部スタッフとのエコシステム形成を推し進めるためのバックボーンとなる論点です。
それはFORBESが最近になり打ち出した「起業家的ジャーナリズム」(Entrepreneurial Journalism)というものです。
早速、つたない訳を交えて紹介していきましょう。

Forbes.com 掲載の「Forbes Update: Our New Model For Journalism And How It Benefits Our Audience」(フォーブズ アップデート:ジャーナリズムの新モデル、それはいかに読者に寄与するのか)で、そのアプローチを高らかに宣言しています。

デジタル出版が引き起こす破壊的な力は、コンテンツがどのようにして作られ、届けられ、そして消費されるかを決定的に変えてしまった。
それは多くの人々を起業家的チャレンジへと連れ出すものだ。知識ある専門家たちにとっては、今やいつでも・どこでも“出版”が可能となり、読者を見いだせるならいくばくかのお金を得ることができる。
FORBESはこのような新しい時代、すなわち起業家的ジャーナリズムのリーダーなのだ。

われわれは、まず最初に、ジャーナリスト、著者、学識や企業家ら外部寄稿者諸氏に対してインセンティブ型支払いモデルをスタートさせた。“多くの熱心な読者(を生む人)には、多くの稼ぎを(与える)”。デジタル分野でスタートしたが、これを印刷メディアにも適用していく。……

今やわれわれは、1000名もの専門的な執筆者らを(外部に)分散的に擁するに至ったのである。

Forbes.com責任者が語るこのビジョンは、メディア事業を営む際の経済的側面に根ざしたひとつのマニフェストです。
ここで注目すべきは、このインセンティブプログラムや執筆陣を外部寄稿者へと大きくシフトし、執筆動機を刺激しつつ人的コストを変動費化する手法の総体が、「結果として“高品質”“スケーラブル(需要に即応できる仕組み)”“能率的”なメディア」を導くと主張するところです。

こうなってくれば、片方からは異論も湧き上がってきます。事の公平を期する意味でもそれを紹介しましょう。
その代表は MediaPost 掲載の「Performance-Based Pay For Content Has Gone Mainstream — Which Is Probably Good For Authors」です。
タイトルを文字通り読めば、「コンテンツに対し成果主義的な支払いモデル(インセンティブ型を指す)が主流へ。それは“多分”筆者らにとって良いことなのだろう」です。

同記事は、まず紹介したFORBESの「起業家的ジャーナリズム」の主張に批判や懸念を呈します。

起業家的ジャーナリズムのアプローチは、最近では論争の的であり、異端的なものだ。
筆者が稼いだ読者という成果に基づき支払うという考えは、どんなMBAホルダーも納得させるものではある。それがコンテンツの果実を生み出す著者と、その果実を得る広告主とを直交させる(合理的な)モデルだからだ。
しかし、筆者らは一般的に3つの点でそれを強く嫌悪する。

  1. 支払いが、筆者の努力が及ばない範囲で左右されるリスク
  2. 成果に見合った支払いとは、結果的に支払いに見合う程度の努力へとなり、コンテンツ品質を低下させていく
  3. 筆者らがもっとも不名誉と嫌う、自らのコンテンツを売り込む振る舞いや、検索エンジンに最適化するような執筆を強いられる……

詳しくは議論しませんが、立場が異なればこのような反論が出てくることは理解できます。

さて、この MediaPost の反論記事は、決して悲観的なものではありません。というのも後段で面白い仮説を開陳しているからです。それはこうです。

もし、 筆者らがメディア事業者ぐらい賢ければ、上記(3つの)懸念を解消できる。というのも、自らをうまくコントロールし、コンテンツの乱造を避け高品質なものを生み、それを自分の熱烈な読者を引き寄せることに当てれば、収入の基となるパフォーマンスを予測できるし、なにより自分の執筆に誇りを持てる。

さらに、筆者らが事業者より賢ければ、自分自身の熱心な読者を引き連れて他のメディアや場においても、収入を得ることができるだろう。

ここで述べているのは、メディア事業者が仕掛けるジャーナリストの起業家化というアプローチに対し、執筆者らが自らのイニシアチブで事業主(起業家)として振る舞う方向性についてです。
メディア事業は、だれにとっても平坦なビジネスではなくなっています。しかし、事業者にとっても執筆者にとってもチャレンジすべき方向は見えてきたのだと言えます。
(藤村)

読書体験の拡張は可能か?——いくつかの電子書籍/雑誌論をめぐる断片

ごく直近の1週間ほどのあいだに、次々と刺激的で啓発される“電子書籍・電子雑誌”論に触れることができました。
これは偶然でしょうか? むろん、筆者(藤村)がそのような分野に注意を払っているという個人的なバイアスが作用しているのかもしれません。
ともあれ、同時多発的にこの分野で“何か”が起きている証ではあるでしょう。

本稿は、 同時に立ち上がっているこれら“何か”について、まずは大急ぎで書きとめようとするものです。
できれば整理された結論を期待せずにお付き合いいただければと思います。

順不同で、思いつくものから紹介していきましょう。

まず最初は WIRED.jp 掲載の「『本』は物体のことではない。それは持続して展開される論点やナラティヴだ – 読むが変わる from 『WIRED』VOL.2」です。

ぼくはご覧のとおり、本に囲まれて暮らしている。ただ読者としての購買傾向は変わってきた。アート本や写真集はいまもフィジカルで買い続けているけれど、テキストベースの本はKindleで読むことが多くなった。読書のし方も変わった。ぼくは読み物とインタラクトしたい動的なタイプの読者なんだ。書き込みをしたいし、カット&ペーストしたいし、読んだものを「シェア」したい。タブレットの登場によって、こうしたことがより簡単になった。つまり読書は「ソーシャルな行為」になったと言える。

個人的な注釈を加えるなら、述べられている「読書のし方」は決して“変わった”ものではありません。これは私自身のことか? と思うほど共通しているのです。
従来と異なる唯一の体験上の差異は、読んだもの・感じたことを「シェア」するという行為に関わっています。
読んで感じたことを書籍の印刷面に書き込んだり、マーカー等(私自身は鉛筆やボールペンなどですが)でハイライトする行為はごく自然なものです。後日、読み返したりする際にそれは威力を発揮するのです。
現代では、それを自分自身用に効率的に記録したり、ネットの向こうにいる人々と分け合うことで、その威力の強度を高める手法が誕生しようとしているのです(Web、そしてTwitterやFacebookなどで当然のように行われています)。

次も WIRES.jp から。小林弘氏へのインタビュー「そして雑誌はやがてアンバンドル化する – 読むが変わる from 『WIRED』VOL.2」

昔は情報を届けることがゴールでしたけれども、いま、そのゴールはその先に延びてしまったのです。読者の欲望は、もはや情報を得るところにではなく、情報を受け取った次のステップにあるんです。でも多くの出版社は、そこは自分たちが扱う領域じゃないって決めてしまってるんですよね。

読書の体験は、目を凝らして活字を追う(あるいはビジュアルを眺める)瞬間に止まらないことは、言うまでもありません。
そこで配慮のある書肆は、購入を誘ったり蔵書する快楽を喚起するためにも装丁などに創意を凝らすわけですが、残念なことにそれ以上への拡張的な試みに欠けているのが多くのケースでしょう。
しかし、既に述べたように“インタラクティブ”を求める読者は日々増えています。Web上でアクティブに活動する人々に向けて、そこにはコンテンツと人間をインターアクトさせる仕掛けが次々に登場しているという背景もあります。
書物をめぐって読者の欲求と行動は、読書体験を核にその前後へと長く伸びようとしている時代です。
現代では、たとえば家電機器を購入する際にも、商品の認知や口コミでの評判、そして購入後の情報共有……へと、消費と利用の体験が 長く伸びてきているのと同様です。「そこは自分たちが扱う領域じゃない」と決めてしまった部分は、いずれ他者がそれを満たすに違いありません。

余談ですが、私はこの2年ほど蔵書管理サービスの「MediaMarker.net」を利用しています。購入した書籍や音楽CDなどをAmazonデータベースやJANコードなど使ってオンラインで記録整理するという単純なものですが、例えば20年以上前に購入してあった、いまや“稀覯本”と言えそうな『昔話の形態学』を(自炊した上で)登録してみたところ、他に26名もの同書購入者が可視化され驚かされたところです(下図参照)。
このような希少な学術書の所有者が可視化された先に、ソーシャルな読書や研究のありようが浮上してくるのは言うまでもありません。
ところが、このようなソーシャルな基盤生成に熱心なのは書肆、出版社でないこともまた事実なのです。

ITの領域で“CRM(カスタマリレーションシップマネジメント)”が語られる際にごく当たり前のように含意される、消費(購買)のタイミングの前後のフェーズに着目して“顧客”との関係を築くのでなければ、書籍1冊といえども、容易に買ってはもらえない時代。
そのような時代に、筆者は、そして書肆はどのように読者(購読者と必ずしもイコールではない存在)へとアプローチすべきでしょうか。
書籍(あるいは雑誌)の購買以前のフェーズについて刺激的に論及するのが、内田 樹氏『街場のメディア論』です。

街場のメディア論

内田 樹著『街場のメディア論』光文社サイトより

内田氏はこう述べます。

図書館に新刊を入れることに反対する人は、たぶん「自分の本を読む人」よりも「自分の本を買う人」のほうに興味があるのだと思います。だから、「無料で自分の本を読む人間」は自分の固有の財物を「盗んでいる」ように見える。でもそれはかなり倒錯的な考え方のように僕には思えます。

話は単純なのです。僕たちがなによりも優先的に配慮すべきは、読者を創り出すこと、書き手から読み手に向けて、すみやかに本を送り届けるシステムを整備することです。それに尽きる。

「本を自分で買って読む人」はその長い読書キャリアを必ずや「本を購入しない読者」として開始したはずだからです。すべての読書人は無償のテクストを読むことから始めて、やがて有償のテクストを読む読者に育ってゆきます。

生まれてはじめて読んだ本が「自分でお金を出して買った本だ」という人は存在しません。僕たちは全員が、まず書棚にある本、図書館にある本、友だちに借りた本、歯医者の待合室にある本などをぱらぱらめくるところから自分の読書遍歴を開始します。そして長い「無償の読書経験」の果てに、ついに自分のお金を出して本を買うという心ときめく瞬間に出会います。

“反・出版ビジネス論”であるかのような過激な記述も飛び出す論ですが、“無償の読者”から“有償の読者”へと遷移する(コンバージョンする)長い動線づくりが肝要という主張には、私自身の読書体験からしても強く共鳴できる要素があります。
ここからは、読者による読書体験の強度を拡張するためのさまざまな仮説が見えてきますが、それは稿を改めて引き続き述べてみたいと思います。
(藤村)

“最強ニュースサイト”実現の方程式——Huffington Postをめぐって

現在、もっともスタンダードなデジタルメディアの実現方法はWebサイトを通じたメディア(事業の)運営です。
このWebメディアを成功させるための方程式を、自分自身の経験を踏まえて整理してみたいと思っていました。

今回、その材料に格好の記事が目に止まりました。Newsweek日本版掲載「ハフィントン流最強ニュースサイトの作り方」です。
記事の掲載は2010年夏と、このドッグイヤーの時代では“はるか以前”なのですが、盛られているポイントに古びた要素はありません。メディアに携わる方々には必読記事です。全4ページもありなかなか盛りだくさんなのですが、“最強ニュースサイトを実現する”、そのポイントに絞って整理をしてみましょう。

最初にThe Huffington Post(記事にしたがい、以後「ハフィントン」と呼びます)について、ごく簡単な紹介を(概要紹介は→こちら)。
2005年にオンライン専業メディアとしてアリアナ・ハフィントン女史らが開設。10年には年商3000万ドルに達し、翌11年には大手メディア企業AOLから約3億ドルで買収されました。買収発表時に同社の年商は約4000万ドル。また、オンラインでの読者リーチという点でも、The New York Times、Mail Online、そしてハフィントンが肉薄しており、創業以来約5年で“最強サイト”へと成長したことになります。

それでは、ポイントを順番に確認していきましょう(引用記事中の数字は、基本的に記事掲載当時のものです)。

「制作費を究極まで下げる」

(主要な新聞や雑誌の記事を要約して配信するアグリゲーターサイト、ニューサー=藤村注)のサイトのCPM(広告掲載1000回当たりの広告料金)は、過去2年間で10ドルから8ドルへと20%下落した。ネット専門調査会社コムスコアによれば、ネット全体の平均CPMはわずか2ドル43セントだ。そして、これがいずれ上がると期待する人は誰もいない。

それでも、ハフィントンなどのネットメディアにとっては、コンテンツの製作費を安く上げることが至上命題。無駄は徹底的に省く。ハフィントンの編集スタッフは88人で、大手新聞などの数分の1だ。

広告単価の下落傾向は、記事が書かれた当時もいまも同じでしょう。広告掲載枠(いわば、看板の数)は、商業メディアの乱立、そしてソーシャルメディアの強烈な成長で増える一方です。供給過多が止まらない状況であれば、広告価格が下落するのは、ある意味で理解できます。
この傾向に対するもっとも的確な施策はコスト削減の継続実施なのです。コストのもっとも大きな要素は、一般的には人件費、外注費(社外へ発注する原稿料)、その他固定費でしょう。
ハフィントンは、編集スタッフの総数をぐっと抑えていることと、「6000人の無給ブロガー」を擁しているとあります。むろんこの抑制が過ぎれば、メディア品質が毀損し広告単価下落の悪循環に陥るリスクがあるのですが……。
そこで重要になるのはシステム化の徹底です。

「最先端の配信システム」

大手サイトが稼ぐための切り札は、記事がどう配信されるかを決めるソフトウエア「コンテンツ管理システム(CMS)」。ハフィントンには最先端のシステムがあり、しかも常に進化している。30人の技術者はアメリカのほかウクライナ、インド、チリ、フィリピン、ベトナムなどに散らばっている。「1日24時間週7日、開発を続けるためだ」と、CEOのヒッポーは言う。

このシステムのおかげでハフィントンの編集者はニュースの出し方にさまざまな工夫ができる。リンクや動画、写真やコメントを組み合わせ、ほかの情報源からの情報も加え、それにハフィントンのライターたちがもっともらしい意味付けを与える。そうする間にもリアルタイムでアクセス状況をチェックし、ウケたものとウケなかったものを取捨選択する。

編集者はグーグルの人気検索キーワードを常に確認している。腕の見せ所は、人気の検索語の検索結果の上位にハフィントンの記事が表示されるよう記事を作ること。

柔軟なCMS、ログ解析、そしてSEOを活用する。こちらも10年当時と現在とで事情に変わりはありません。
以後に加速した要素は、商業メディアにとり、ソーシャルメディアの情報伝播力が大きな影響を及ぼすようになったことです。これらの諸要素に対して労力は軽く、しかし高度な対処ができるシステムを用いることは、計り知れないメリットがあります。
ごく少数の人間が大きなサイトを機敏に運営できれば、上記の「制作費を究極まで下げる」に直接影響するからです。もちろん、コスト以外にも各種のメリットが生じます。
しかし、注意すべきは、将来やってくるシステムの陳腐化、開発およびシステム維持コストという別の重荷を生む可能性もあることです。高度なシステムへの欲求と、その開発および運用コストの低減、将来の陳腐化などをいかに両立させるかの判断が肝要なのです。

「読者の衝動を理解する」

最も驚異的なのは、読者からのコメントの数だろう。ハフィントンでは1つの記事に5000件以上のコメントが集まることも珍しくない。最近では、前大統領の弟で前フロリダ州知事ジェブ・ブッシュが12年の大統領選に出馬するかもしれないという記事に8000件以上のコメントが殺到した。6月のコメント件数は、サイト全体で3100万件に上った。

アリアーナは、早い時期からコメントをチェックし、ネットでありがちな誹謗中傷合戦ではなく、より文明的な議論の場を守ろうとした。手間のかかる仕事だ。20人の専従スタッフが、悪意あるコメントの削除に当たっている。

読者自身の意思表明が、商業メディアの運営、さらに収益をも左右しかねない大きな要素へと成長しました。
記事にあるように、コメント自体も記事のページビュー(表示回数)を加速し広告収入上のメリットを生むはずです。
それ以上に、読者が熱気をもって記事に“参加”することは、その記事、メディア自体の影響力に反映し、それが薄い他のメディアに対して差別化要因として働きます。読者の参加意欲を最大限に喚起する必要があるのです。

以上、駆け足で記事に盛られたポイントを見てきました。Newsweekの記事にはサブタイトルとして「ウェブメディアの女王が切り開くオンライン・ジャーナリズムと商売のきれいごとじゃない未来」とあります。
実際、ハフィントンに対しては、その影響力が高まれば高まるほど、「他社のコンテンツを題材にして稼いでいる」「ブロガーに無償で記事を執筆させている」等の批判や圧力も高まっています。「きれいごとじゃない」(?)同社の事業ですが、その徹底ぶりから逆に現代のデジタルメディアの経営指針を読み取ることもできます。同社からはもっと学べる要素がありそうです。
(藤村)

ソーシャル、キュレーション、そして構造化——Pinterestが新たに示すもの

ビジュアルなブログプラットフォーム(と、とりあえず呼んでみますが)Tumblr が米国では大人気です。いまやブームと言えそうな勢いです。
また、さらに最近では、Pinterest という、これもビジュアルに徹したソーシャルなピンナップボードサービスが人気急上昇中です(これらの人気ぶりについては「TumblrとPinterest,さらに勢いが加速化」を参照)。

この新たなソーシャル(メディア)サービスには共通点がありそうです。その共通点、それがどうして人気を博しているのかを解説する興味深いブログ記事を見があります。
今回はそれをご紹介したいと思います。Elad Blog に掲載された How Pinterest Will Transform the Web in 2012: Social Content Curation As The Next Big Thing です。

記事を紹介する前に、大急ぎでTumblr、Pinterestはどんなサービスか説明しておきます。
上記「TumblrとPinterest、さらに……」でこう紹介しています。

(Tumblr、Pinterestは)どちらも画像をベースにしたソーシャルサービスである。ユーザーがネット上のお気に入り画像を拝借して貼り付ける場合が多い。Tumblrはその画像を貼った簡易ブログであり、一方のPinterestは画像を貼り付けたピンナップボード(共有ボードと個人ボードがある)サービスである。サービス内の画像(他人が貼った画像)を断りなしで再利用できるので、人気のある画像は一気に拡散するのも売りとなっている。また共に非常に手軽にコンテンツを作成できるのが特徴であるが、画像がゆえに訴求力を発揮しやすい。このため、本来個人ユーザーの画像ブックマーク的なサービスであるが、最近は企業がマーケティングツールとして利用し始めている。

Tumblrは述べたようにブログプラットフォーム(CMS)ですが、特徴は簡単に商業メディアや他人のブログなどを取り込み(引用)、情報発信できるようになっていることです。
同サイトに掲載されている多くのメディアを見ると、いずれも写真の扱いや、文章も引用部分が大きく、ブロガー自らが払う労力は少ないという傾向があります。その分、ビジュアルの選択眼、トピックを発見する“センス”が重要な要素です。
Pinterestになると、それはさらに顕著です。ECサイトなどで見かけた好みのグッズや、観光地の写真、ひいてはアート作品のビジュアルを簡単にボタンクリックで取り込み、自分のビジュアルカタログ(“コルクボード”)に取り込んでピン留めします。
文章を書くとしても、ビジュアルが主役のためそれに付すキャプション程度。情報発信の労力はほとんどありません。

では、How Pinterest Will Transform……の論を紹介しましょう。
記事は、TwitterやTumblr、そしてPinterestなどのソーシャルメディアを“ソーシャルキュレーション”サービスと呼びます。
“キュレーション”については、ここでは深く論じることは避けます(→ こちらを参照ください)。
ポイントは、自ら論をなす(あるいは芸術作品を創造する)のではなく、 世に存在する良い話題、論、作品を自らの選択眼でピックアップし、他に紹介する行為と考えましょう。
Twitter、Tumblr、そしてPinterestらは、広大なWeb世界で見つけた良いものを紹介するという側面を備えているという意味で共通しているのです。

同時に、異なる要素も記事では挙げています。
上図をご覧下さい。例えば、2000年前後から盛んとなったブログ、そして2005年ぐらいから現在に至り一気に隆盛を得たFacebook、Twitter。
この2群を比較すると、ブログは記事が長文形式。情報発信のためには労力と熱意と才能が不可欠でした。結果的には熱心なブロガーでも1日1ポスト(投稿)といったところでした。
しかし、FacebookやTwitterなどは、短文形式により労力が一気に軽減されます。また、“いま何している?”というステータスメッセージング型スタイルのおかげで、1日何度でも情報発信することが多くの人に当たり前になりました。
後者でさらに特徴的なのは、“いま何している”という情報が時間軸に沿っていることです。言い換えれば情報は流れ去って消えることが当たり前となりました。
もうひとつ、「RT」や「いいね!」など、簡単に情報発信できる仕組みを備えたことで、見つけた情報を気軽に他人へとシェアする習慣が定着しました。これが現在のキュレーションブームの背景ともなっていると言えます。
総じて、ブログでは情報発信の手間から、ブロガーは情報発信へのなみなみならぬモチベーションと力量で作品を創造、発信していくのに対し、ソーシャルキュレーションの流れは、自ら情報発信する手間はかけないものの、気に入った情報を多頻度に情報発信していくスタイルを形成しました。

さて、Pinterestの話題です。これまでのソーシャルキュレーションと、このPinterestなどの新鋭を比較すると、ワンボタンクリックで情報発信ができるような労力を求めない特徴は、先行するFacebookやTwitter、Tumblrなどと共通しつつも、異なる側面があると記事では指摘します。それはPinterestでは、関心テーマごとに選択した情報コレクションが“構造化”されているということです。
FacebookやTwitterなど“ステータスメッセージング”型スタイルでは、情報はフロー、すなわち流れ去っていきます。分類もできません。対してPinterestは情報の新旧は問題ではありません。テーマ(カテゴリー)ごとにコルクボードにピン留めされたコレクションは、そこにあり続け、あるいは整理され発信情報を豊富化していくのです。わが国で支持を得ているNAVERまとめなどと似通った要素があります(NAVERまとめは、“まとめ”作業にそれなりの負荷がかかるため、ブログに近い要素があると見ますが)。

ソーシャルメディアは、情報発信に力量を求める時代から、テーマがなくとも発信を続けられる簡易なスタイルを生み出しました。
そしていま、一人ひとりが自らの関心、センスを、事物の選択眼という価値として情報発信していく可能性を開いたというわけです。
微細なテーマ、カテゴリーごとにセレクトされた自分のお気に入り情報カタログは、それがまさにカタログであるがゆえに、コマースなどとの結びつきが期待される領域でもあります。
(藤村)